自己紹介

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ハンドル名 はばまろ
生年月日 昭和32年6月25日生
出身地と住所 富山県南砺市(旧福光町)
趣味 パソコン(詳しくはこちらを参照)
(あっちのページでは趣味はマンドリンと書いてある)
所属 金沢マンドリンアンサンブル
  

私の音楽歴
1965年頃 小学校の音楽会でハーモニカがふけず、家族に「ふけんのなら、まねだけでも」と言われ、まねだけしてたら
終わってから「お前、まねだけでもいいけど、動かす方向がみんなと逆だった。」と言われた。
1970年 中学1年。兄、姉とも中学時代は吹奏楽部だったので、顧問のW先生に入部をすすめられたが、音楽は
大嫌いだったので強くお断りした。
1971年 中学2年。まわりの友達がラジオのヒットチャートを聞き出したり、レコードなるものを買い出したので、影響を
受け、自分も初めて買ったのはクリスティーの「イエローリバー」という曲。
1973年 高校1年。高校では美術か音楽かの選択科目だったが、美術の場合、いろいろ道具を持っていくのが面倒
だったので音楽を選択した。なんで嫌いな音楽を選んだのか自分でも不思議に思う。
兄から、お前せめてギターぐらい弾けるようになれ、とお古のクラシックギターをもらった。
放送部に入ったので、毎日レコードを聴いていた。
1974年 この頃、もうすでにビートルズは解散していたが、「アビーロード」のアルバムに圧倒され、以後ビートルズの
レコードを次々と集めていった。毎日、もらったギターを弾いていたらなんとなく音楽理論はわかるようになって
きて、音楽の授業もペーパーテストだけは成績がよかった。(歌はだめ)
家に姉のピアノがあったので、独学でビートルズ等の曲を弾いていた。
1976年 富山大学入学。ビートルズの影響を受けていたため、軽音楽部に入りたかったけど、オリエンテーションを
見てたら、なんとなく自分の性格にあわないようだったので、校門の近くにあったギターマンドリンクラブに
入った。主旋律を弾けることとなんか変わったものものをやりたくてマンドリンを選んだ。
新入生強化合宿の最終日の発表会でオデルマンドリン教則本の練習曲をただ一人ノーミスで弾けたのは
よかったが、先輩方から「音が小さくて、リズムがばらばら」と酷評を受けた。
1977年 大学へは毎日行っても教室には行かず、最低1日10時間以上は部室でマンドリン練習にあけくれる毎日
だった。なぜこんなにとりこになったのかはわからない。
下宿ではバッハ、ブラームスからかぐや姫まで何でも聴いた。
1978年 クラブでは毎年3年生が執行部をつとめることになっているので、私はコンマスの仕事をいただいた。
クラブの選曲は熊谷賢一、藤掛廣幸といった邦人ものが少しずつ増えていったが、あくまで私の好みは
マネンテやファルボ等のイタリアマンドリンオリジナル曲であった。
1979年 大学4年。卒業記念もかねて、定期演奏会でピアノとの2重奏を2曲弾いた。
1980年 社会人になって、富大OBらが中心となって結成された「富山プレクトラムアンサンブル」に入った。
毎週土曜日の夜、約1時間かけて練習に通うのがけっこうきつかった。
1985年頃 いろいろと忙しくなってマンドリンを弾く時間がだんだんなくなり、マンドリン生活は遠のいていった。
2005年 金沢マンドリンアンサンブル30周年記念第27回定期演奏会で20年ぶりにステージに復活した。

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